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1月11日

1行日記

 

 

 母はテレビをあまり見せてくれなかったので、小中学生のころ、私は世間で有名な人のことをまったく知らなかった。

 マイケル・ジャクソンが亡くなったとき、ニュースを見て14歳の私が最初に感じたのは、「え、まだこの間まで生きてたんだ」という驚きだった。スキャンダルのことを聞きかじったことがあったから、「訴えられてた変な有名人」くらいの印象しか抱いていなかったと思う。(酷い話だ。)彼が死んで初めて素晴らしい歌手だったことを知り、素晴らしいダンサーだったことを知り、”Heal the World”のドキュメンタリーを見て、そうか、マイケル・ジャクソンは凄い人だったんだとやっとわかった。もっと早く知りたかったと悔しかった。

 今日、デヴィッド・ボウイの訃報を聞いて、その頃と同じような気持ちになっている。私が唯一知っていた彼の曲は、「ムーラン・ルージュ」の最初と最後に流れるあの1曲だけ。ツイッターを流れる、彼の死を悼む人たちの言葉から既にわかる。今までおぼろげに抱いていた、「独特の衣装を着た中性的なアーティストらしい」という狭すぎる枠の外には、私がまったく知らない彼の姿がありそうだ。

 

お悔やみ申し上げます。